マンションのようなコンクリートの建物に比べ、木造住宅は一見長持ちしないように感じられますが、実際はそうでないというのが正しい答です。
マンションのようなコンクリートの建物でも木造の住宅でも、建物には傷みやすい部分とそうでない部分が混在しています。最近手掛けた木造の中古住宅の再生方法を解説することにより、建物再生についての考え方と認識を深めるきっかけにしていただければ幸いです。
中古住宅購入の相談を受け、売り出された物件を見に行くことになりました。
周囲の環境や主要駅からの距離その他の立地条件は悪くないのですが、建物が古いことと、庭がほとんどないため、1階の居住環境が良好でないことが問題でした。
しかし既に新築から33年が経過しているにもかかわらず、基礎や外壁等の損傷はほとんどなく、内部の建てつけや使われている材料も悪くありませんでした。部屋数にゆとりがあるのも評価できました。
少し手を入れれば充分に再生可能と判断し、予算的には300万円~500万円程度かければ新たに新居としてスタートさせることが可能という目算を立て、購入を決断してもらうことになりました。
中古住宅再生のメリットは何かと言えば、やはり工事費用を低くおさえる事ができるという点です。土地の購入費用と新築住宅の建設費用を合算すれば、当然のことながら、相当の費用が必用となります。土地代金が高い場所であればなおさらです。
しかし中古住宅の場合は再生させるのに既存部分で活用できる部分があれば、工事費用が大幅に削減できます。古い木造住宅を再生させる場合に必要になってくる費用は大きく区分すると次の4項目になります。
1) 基礎
2) 構造主体(木造構造部)・外壁・屋根
3) 内装
4) 設備
中古住宅の場合、既存部分の傷み方が顕著でなければ(1)(2)の費用はかなり削減できます。(1)~(4)を全て新築とすれば一般住宅で約2000万円程度は必要ですが、中古住宅の場合は300万円~500万円程度かければ充分満足して住める状態になります。
仮に再生費用として500万円の出費があったとしても、新築に比べれば1500万円程度は安い費用ですむ事になります。平均的な収入の人が住宅ローンを組もうとした場合、借入れ金額が1500万円違えば状況は相当違ってきます。その意味で中古住宅の再生には大きな意味があると考えられます。
それでは実際の中古住宅の再生例を解説していきますが、この事例のポイントを整理してみますと以下のようになります。
1) 基礎関係には手をつける必要性なし。
2) 木造の構造本体・外壁・屋根にも手をつけない。
3) 内装は全面的に再生する。
4) 設備は浴室・キッチンを全面的に更新し、その他は適宜更新する。
ただしこの事例は30年以上経過した古い建物のため、(2)の構造本体に関しては1階部分に耐震補強を施しましたので、耐震補強のことから解説します。
1. 耐震補強
昭和56年5月31日以前に着工した木造住宅は建築基準法の新基準に適合しないため、現在の基準に沿って判断すれば耐震補強が必要となります。今回の事例の建物は昭和52年竣工ですから当然現在の基準には適合していません。
それで耐震診断の結果、1階の壁の7箇所に耐震補強が必要という結論となり、耐震補強工事を実施しました。この耐震補強にかかった費用は約30万円でした。
2. 平面計画
古い建物に耐震補強を施し、安全性を確保した上で、より良い住宅として再生させるための基本方針を固めます。今回の事例のように30年以上も前の住宅は建材等に良質のものを使用してあっても、間取り等の考え方が現代の生活にマッチしていないものも多く存在します。改修前の間取りについてポイントを整理すると以下のようになっていました。
1) 玄関を入るとすぐに居間となっていて、プライバシーの面で問題がある。
2) キッチンの環境が好ましくない。(日中でも薄暗い)
3) ダイニングがない。
そこで1階と2階の居住環境を比べてみると、1階の居住環境は本建物と隣地境界との距離が短くあまり良くないが、2階は隣地境の塀もないため、1階に比べ居住環境はかなり良好です。
それゆえ家で長時間過ごすことの多い主婦のため、キッチン、ダイニング、リビングは2階に設けること、寝る時の利用が主の寝室には昼間の明るさは必要でないため寝室を1階に設けること、この2点を平面計画上の大きなポイントとしました。
では次に各階の改修について見てみましょう。
1階の改修に関しては浴室を広く取ることと洗面・脱衣スペースを如何に快適なものにするかがポイントとなりました。これは元々のキッチンスペースを間仕切りで仕切り、多目的室を設け、残りのスペースを洗面スペースにして解決しました。
また、元々の居間部分にも間仕切り壁を設けて廊下を作ったため、玄関を開けた際のプライバシー確保の問題は解消されました。
2階は元々6畳単位の個室で構成されていたため、2階をリビングスペースとして利用するには広さの面で少々問題がありました。そのため収納付きの南側洋室の収納を取り壊し、新しく2階に設けるキッチンとつなげることにより開放的な雰囲気をもたせる工夫をしました。
キッチンはこの家の中で最も環境の良い南面バルコニーに面した部屋に設けました。
3. 外部の改修
この事例では予算の制限があったため、外部にはほとんど手をかけずに計画しましたが、やはり完成から33年以上も経過していると外部の劣化には著しいものがあります。特に建物正面に当たる南側のバルコニー外部の劣化が目立っていたため、一番目立つバルコニー外部に関しては改善することにしました。
費用的に最も安く納める方法は、既存外壁を新たな材料で覆ってしまうことですが、このバルコニー部分は庇状の片持ち構造(注1)になっているため、重量のある建材は建物のためには好ましくありません。それで当初、アルミパンチングパネルでカバーすることを考えましたが、この方法は費用的に割高になってしまいます。
なので他のいろいろな建材を探した結果、断熱材の裏打ちされた金属パネルが重量・コストの面で魅力があったため、最終的には金属パネルで外部を覆うことにしました。
更に、勝手口が正面から丸見えになるため、古い建具は新しいアルミの建具に交換し、色調の暗かった色ガラス部分も一部を新しいサッシに交換し、他の部分はアルミパンチングパネルで覆い、明るいイメージに変えました。
外壁以外のところでも、経年により劣化が進行している部分もありました。
購入時には気付かなかった細かい所で、後から何箇所か不具合も見つかりました。住宅正面のバルコニー部分は最も日当りの良い場所ですが、改修工事着工後にバルコニー床の木材が腐っていることが判明しました。
バルコニー床全体をアルミ製に変えることも考えましたが、これもまた費用が嵩むため、木材の腐った部分のみ新しくする方法で補修しました。木材は考えようによっては使い勝手の良い材料といえます。800年以上前に建てられた現在の厳島神社でも、海中の柱は腐った部分の木を接ぐことによって保全されてきています。
その他では、外部の設備配管の不具合も発見されました。長年の使用の間に汚水配管とインバート枡(注2)の接続部分から漏水が発生し、配管が陥没して枡との間に隙間が発生していたため、塩ビ製の枡に交換し補修をしました。
4. 内部の改修
内装工事は比較的ローコストでの改修が可能です。内壁のクロス貼りや床材貼りは費用対効果の高い工事と言えます。床・壁・天井の仕上げが新しくなると最終的な見栄えは新築と変らない室内に変身します。
5. 設備の改修
住宅の改修工事の中で工事費の比重が高いのがユニットバスやキッチン等の設備工事です。しかし、設備機材はメーカーによって値引率が異なるため、値引率の良いメーカーを選べば工事費削減に大きく影響する場合があります。
この事例でも当初は有名メーカー品で計画しましたが、工事費全体の削減のためにメーカーを変えて計画しなおしたところ、かなりの削減が可能となりました。
有名メーカー製品でなくても、本人が確認して納得できる内容であれば特に問題はありません。ネームバリューにこだわらずにまずメーカーをよく吟味し、その上で、納得して選んだそのメーカーの中の品質の高い機種を選ぶという考え方もあります。
6. 細かい工夫
コストを抑えて費用対効果の高い改修をするためには細かい工夫が必要となります。
この事例での平面計画上の大きなポイントはキッチンとリビングを2階に移動するための工夫です。元々2階は個室中心の間取りであったため、基本的な広さが6畳単位となっていました。キッチン・ダイニングはいいとしても、リビングルームの広さとしては既存の6畳よりも広くできればもっと快適になるでしょう。
そのために考えたのが収納部分の撤去と部屋間の壁の一部を抜いて相互の空間の連続性を図る工夫です。収納部分を撤去することにより1畳半の空間が広くなり、更に壁の一部を貫通させることにより視野が広がります。
この工夫でキッチンで働く主婦にはリビングの様子がわかり、リビングにいる他の家族にはキッチンにいる主婦の動きが感じられるという、双方にいる人達に空間的な広がりを感じさせることを期待しました。
2室を連続させるためにまず2室の間にある収納部を撤去します。
次は2室の隔壁の貫通です。しかしこれには問題がありました。
実は2室を連続させるために貫通させる壁は階段部分の壁となっていて、このままでは部屋相互の行き来ができません。この2室を行き来するためには階段部分に床が必用となるのですが、しかしそのまま床を作ってしまうと階段の上がり降りの際に頭をぶつけることになります。
そのためここでもまた一工夫。階段部分に設ける床を階段2段分程高くすることによって問題を解消する工夫がしてあります。
住宅の顔でもある玄関部分も良くしたいところですが、気に入った玄関扉ともなればそれなりの値段はします。
この事例でも当初は新品の玄関扉を計画しましたが、全体予算の関係で既存扉(木製)を利用してハンドルを交換することで新しいイメージを持たせるように考えました。
元々の扉も昔は高級品でしたが経年劣化により時代を感じさせるものとなっているので、好みの色に塗り替え、ハンドルは最近の主流のプッシュプルタイプのものに変更しました。ハンドル交換にあたってはいろいろと問題もありましたが、木製扉の良さは加工が利くことといえます。
新しいイメージを感じさせるためには、全ての建具を交換すればかなりイメージを変えることができます。しかし全ての建具を新しいものに交換すれば費用的にはそれなりの金額となります。
そのため、この事例では玄関近くの寝室への扉やリビングルーム、キッチン、2階トイレの扉は全て新規のものに変えましたが、費用節減のためにメイン出入口以外の建具は塗装仕上げとしました。色調を新規扉に合わせることにより、全体的なイメージとしては古い感覚を消す効果があると思います。
床仕上げも昔と現在では随分とイメージが違いますが、既存の床も構造体としては利用できますので、新しい改修用床材を既存の床の上に直接貼ることにより、大きくイメージを変えることが可能となりました。
7. 実際の工事費
この事例では工事費を抑える必要があったため当初予算を約500万円としてスタートしましたが、実際に細かい仕様決定の段階になるとどうしても手をかけたい項目も出てきます。費用上限を決めずに希望内容をそのまま積み上げて見積依頼したところ、当初予算の倍に近い1000万円近い見積となってしまいました。
そのため今回の改修では諦める項目とグレードを下げる内容を検討し、最終的には500万円は超えましたが、大幅な追加予算が出ることもなく500万円台で納めることができました。
ポイントとしては、日頃の生活に直接影響することの少ない外部の改善は最低限にして、入居後の改善の難しい間取りの変更に重点を置きました。キッチンやリビングの場所を1階にするか2階にするかは大きなポイントで、入居後の変更は困難な内容と言えます。間取り以外で言えば、システムキッチンやユニットバス以外の細かい設備に関しては後からの改善も可能なため、カメラ付きインターホン以外の内容は最低限の内容としました。
新しい住宅イメージが最も伝わりやすい内部の建具に関しては来客スペースの建具は全て新品に取替え、客が立ち入らないプライベートスペースに関しては、既存建具の塗装処理で済ませることにより費用圧縮が可能となりました。
8. 総合評価
工事が終わってみれば、最終的な工事費は500万円台で完了しました。これは本物件と同規模の住宅新築工事の費用が東京では最低でも2000万円程度は必要となる事を考えると、約1/4の費用ですんだ事になります。費用面では明らかに中古住宅の再生には大きなメリットがあると言えると思います。
土地を買い、そこに新築の家を建てて住むというのはもちろん素敵な事でひとつの住まい方だと思います。が、今回は古い住宅でも色々な工夫をする事で快適な住まいとして再生せる事ができますよ、という例をお話させていただきました。
9. 追記
今回は中古木造住宅を購入して新しく住まうための再生工事例を紹介しましたが、このような再生工事は長年住んだ家にさらに気持ちよく住み続けるための工事でも同じです。長く住まい続ける間には家族構成や住まい方も変化します。
そういったそれぞれの時々に応じた住みやすくするための再生工事についてもこれからは考えていく必要があり、そしてそれは工夫次第で充分可能であると思います。
それから木造住宅の話からは少しそれますが、私はマンション修繕工事のコンサルタントの仕事もしております。マンションと木造住宅では建物の内容が違いますので、再生方法について一概に語る事はできませんが、今回紹介しました木造中古住宅だけでなくマンションの大規模修繕工事等でも、修繕方法を工夫すれば工事費面で大きな節減が可能であることは同じです。こうした工夫は楽しくやりがいがあると考えております。